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ヒツジ no イッピツセン

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年頃の女性がお尻にできた粉瘤で大騒ぎ その4 - 人生でいちばん尻が腫れた日

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5月2日土曜の 腫れサイズは12センチ×10センチ ほどです。もうね、尻です。粉瘤が本体の尻です。
人間の尻がこんなことになっているのは、今までみたことがありません。

検索した画像のなかには似たような腫れ方があるようなないような、少し違うところは真っ赤な腫れの中に白い口はあるものの、盛り上がり自体は球体ではなく半球3センチぐらいなところ。
表面に向って成長しているというよりも、奥に向って成長しているような感じです。
このときにはもう何をどうしてても痛い。 痛いか激痛かの二択 で、意識のほとんどが尻です。

遠慮容赦の無い爺さん先生

ヨボヨボになりながら着替えて、前回も訪れた地元皮膚科医院の爺のもとへ向います。
朝に電話したときも忙しそうな気配でしたが、やはり大型連休前のこの日は超混雑していて、10時すぎに病院へ到着して診察券を渡してじっと立ったまま待ち、診察室に呼ばれたのは13時前。

昨晩知り得た情報が脳内を駆け回り、切るか絞るかされるかもしれないから怖いしやっぱり帰ろうかとか、とにかく今痛いのをなんとかしてほしいから我慢しなくちゃとか、悶々と考えすごく緊張して待ちました。

ようやく呼ばれ、爺さんの前に再び尻を出した直後の出来事でした。
爺さんは 何の遠慮も前ふりも無くいきなり私の尻をわし掴んで何度も揉み始め 、私は生まれて初めてマンガみたいに叫びました。

ぎぃゃあああああああああああああ!
ほんと平仮名で濁点でただ叫んだ。勢いがついて爺さんを蹴らなかっただけ偉いと褒めてやりたい。

「あー痛そうやな、でもこれはまだ破れへんわ。飲み薬と軟膏だしとくから、また来週きて。軟膏塗ってガーゼ貼っといて」
爺さんの診察終了。尻揉んだだけで終了 。さらっともう帰れコール。

詳しくない診断詳細

普段はこの先生へは何か質問したりすることもなく、言われたことだけを素直に聞いて帰ることが多いのですが、この時はさすがに不安だらけだったので、ちょっと待って先生これどうしたらいいのと食い下がる。

「こんだけ腫れてるから触ったら痛いやろ、無理に絞ってもいいけどどうせ全部出てこんし、おんなのこが跡残ったらあかんやろ」「明日から連休やからなんかあったら大変やし、今日は薬だけ」とのこと。
粉瘤なのかと聞いたら、「そうや、袋ができてて中に垢とかバイキンが入って腫れてるねん」と素直に教えてくれる。
そして 今日は忙しいからもう帰れ なご挨拶。
明日から旅行に行きたいんやけどと言うと、「好きにしたらいい、薬持っていき」と。あはい、まったくその通りです。

要するに、この日の診断としては「 切らない・絞らない・薬で様子を見る 」です。
安心したような、解決していないような、なんともいえない複雑な心境でしたが、ここはもう「先生にそう言われたんだからそうするのが一番良いんだ」と信じるしかありません。

処方されたお薬は、飲み薬は「リネステロン」「シプロキサン」「ムコスタ」の3種類。塗り薬に中身のわからない軟膏です。
ここは昔ながらの院内処方なのでお薬手帳もなく、薬の説明書もない。調べてみると飲み薬は内服ステロイドと抗生物質のようです。
ステロイドって強力な薬だと聞くし副作用も強い印象があるけど、大丈夫なのか不安になりつつも、もう病院も連休に入ってしまったし、いまはもうこれしかないと、服用して回復を祈ります。

あとはもう運任せにする

なんだか妙に疲れたし、寝不足だし、気がついたら夕方まで眠っていました。
とりあえず、起きておにぎりを食べて夕方の分のお薬を飲む。
この時になって鎮痛剤を貰い忘れたことに気がつき、調べてみるとやはり貰った薬とロキソニンは併用できないと知り、大慌てで家族にタイレノールを探して買ってくるミッションをくだす。

ちなみに一度「タイレノール置いてなくて、聞いたらロキソニンでもいいって言うてるけど~」と電話がありましたが、タイレノールとロキソニンを同列に進める店員さんを信用することが出来ず、ミッション続行してお店を変えて買ってきてもらいました。ネットのなかのひとたちの意見を信じて。

夜になり、いよいよ明日です。
明日から、旅行です。まったくあきらめていません。
大阪から信州の一泊車旅、ペーパーじゃないドライバーは私ひとりです。

とりあえず、免許証は全員かならず持ってきてと連絡網して、夜の分のお薬を飲んで早めに寝ました。
不思議とこの夜はすんなり眠れた。
お尻は相変わらず この世のものとは思えない痛さ ですが、それでも薬が効いているのか痛みで麻痺してきたのか痛がりすぎて疲れていたのだと思います。

放置している間や病院へ行くまでの「我慢したり何かしたら、この痛いのをどうにかできるのかもしれない」から「自分ではもうこれ以上なにもできない」に変わると、運任せにするしかないと気持ちだけは楽になりました。
破裂してもひどくなってももうそれはしゃーない。痛いし嫌だけどどうしょーもない。諦めにも似た境地です。


この日あたりから痛みのピークが引くまでは、当時の日記が「腫れ○センチ、痛い」ぐらいしか書かれていません。
いっぱいいっぱいだったんでしょう。「お尻が痛い」以外の記憶も薄いです。